| 倭城をご存じでしょうか。今から四百年あまり前に、豊臣秀吉は「唐入り」と称して朝鮮半島に攻め入ります。いわゆる文禄・慶長の役です。(韓国では、壬辰倭乱・丁酉再乱と言います。)このとき、秀吉軍は多くの城を築きますが、これを一般に「倭城」と称しています。「倭城」とは文字どおり「日本人の城」の意味ですが、朝鮮半島の「日本人の城」は、文禄・慶長の役の際に秀吉軍が築いたものしか知られていませんので、『倭城=秀吉軍の城』ということになります。 この倭城は、戦局に応じた砦の類も含めると、かなりのものが造られたと考えられます。しかし、今日残っている倭城のほとんどがそうであるように、文禄二年(1592)四月に漢城より撤収後、秀吉の命により朝鮮半島南岸に大規模に造られたものと、慶長の役の時に慶長二年(1597)八月から南・東海岸で築造されたものです。 ところで、何故倭城に注目するのでしょうか。今日国内に残る近世城郭は江戸時代を通じて使われたため、改修を重ねていることが多く、当時の姿をとどめていません。しかし、倭城は縄張りや石垣は改変されず、秀吉時代の姿が残っています。そのため、日本城郭史研究において、遺構の時期を特定できる非常に貴重な遺跡です。 |
| 書名 | 内容 | 著者 | 出版社 | 価格 | 発行年月 | ISBN |
| 秀吉の野望と誤算 | 笠谷和比古、黒田慶一 | 文英堂 | 1,890 | 2004/06 | 4-578-12961-6 | |
| 倭城の研究(創刊号) | 特集:巨済島の倭城 | 城郭談話会 | 城郭談話会 | 2,310 | 1997/07 | |
| 倭城の研究(第2号) | 特集:小西行長の順天城 | 城郭談話会 | 城郭談話会 | 2,310 | 1998/08 | |
| 倭城の研究(第3号) | 特集:九大シンポの成果 | 城郭談話会 | 城郭談話会 | 2,625 | 1997/07 | |
| 倭城の研究(第4号) | 特集:ソウル大「倭城図」と韓国の倭城研究 | 城郭談話会 | 城郭談話会 | 2,625 | 2000/07 | |
| 倭城の研究(第5号) | 特集:加藤清正の西生浦倭城 | 城郭談話会 | 城郭談話会 | 2,625 | 2002/03 |