2008/06/28(Sat)中国新聞 福山城(広島県福山市):文化財保護審議会が遺構の現状保存を強く求める
 福山市文化財保護審議会は、JR福山駅前広場整備で地下送迎場建設予定地に埋まる福山城の外堀遺構について、「文化財としての価値は一層高まった」として現状保存を強く求める意見書を福山市と同市教育委員会に提出した。同審議会の会合では同市教育委員会から福山城遺構の第2次発掘調査結果について報告を受けたあと、福山城の遺構保存についての意見書の提出を決めた。この意見書によると、発掘調査で福山城の舟入状遺構などが良好な状態で残っていることが確認でき、遺構の撤去は福山城やその城下町の豊かな歴史像を明きからにする可能性を永遠に失わせる行為であるとしている。
▼福山城外堀遺構については、下記の「福山駅前水辺公園プロジェクト」のサイトが詳しく、是非一度ご覧下さい。
 http://www.sannomaru.com/ishigaki/index.htm
2008/06/27(Fri)神戸新聞 大坂城(大阪府大阪市):細川家担当の石垣の石は福岡ではなく兵庫の芦屋産
 江戸時代初期の徳川氏による大坂城再建の際に石垣の花崗岩を切り出したとされる東六甲採石場城山刻印群(芦屋市芦屋町)から、豊前小倉の細川家の家紋が施された刻印石が見つかったと、芦屋市教育委員会が発表した。昭和34年(1959)に始まった大坂城の調査で、細川家が担当した石垣に「あしや」と施された刻印石が百個以上あることが分かっていたが、この「あしや」については兵庫県の芦屋という説と細川家の領地近くの福岡県芦屋町であるとの二説があった。6年前にも今回の発見場所の近くで細川家の紋である九曜紋が施された石が見つかっていたが、今回の発見で「あしや」の刻印は兵庫県芦屋市であることがほぼ確実となった。大阪城再築は江戸幕府が行った天下の大事業で、その採石場所が特定されたことで築城の実態解明に大きな一歩となる。
2008/06/25(Wed)中国新聞 福山城(広島県福山市):地元住民が遺構保存に向けて「守る会」を結成
 JR福山駅前広場整備にともなって外堀遺構が出土して注目を集めている福山城だが、福山市は当初の整備計画通りに進めることとしている。これに対して、地元神辺町の住民達が福山城外堀遺構の現状保存を目指して、「福山城の石垣を守る会」を結成した。作曲家の大戸博史さんを会長とし、7月12日に福山市神辺文化会館で福山城について学集会を開催する。また福山城の遺構についての解説を行うパンフレットを作成するとともに、福山市に対して工事差し止め要望をだすことも検討している。
▼福山城外堀遺構については、下記の「福山駅前水辺公園プロジェクト」のサイトが詳しく、是非一度ご覧下さい。
 http://www.sannomaru.com/ishigaki/index.htm
2008/06/24(Tue)中日新聞 松本城(長野県松本市):城下町から江戸時代の木製七夕人形が出土
 松本城下町跡の発掘調査を行っている松本市教育委員会は、同市中央の藤森病院敷地から江戸時代の木製七夕人形を出土したと発表した。この七夕人形は高さ8cm×幅3cmの直方体で、19世紀初頭と推定される町家跡から出土した。江戸時代からこの地方には軒下などに七夕人形を飾る習慣があり、今回の発見で一般家庭でも七夕人形を飾る習慣があったことが裏付けられた。
2008/06/24(Tue)山形新聞 山形城(山形県山形市):三の丸跡で建物の柱跡などを確認
 国道112号線の拡幅工事にともなって、山形城三の丸跡の発掘調査を行っている山形県埋蔵文化財センターは、これまでに建物の柱跡と思われる遺構や中国で造られた明銭などを確認した。山形城は14世紀頃に斯波兼頼が築城し、戦国末期の16世紀末に最上義光が三の丸まで城域を広げて、江戸城をしのぐほどの大きさだったといわれている。今回の調査は10月末までの予定で、三の丸西側の春日町も含めた約1700平米の広さについて行う。
▼山形城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www3.omn.ne.jp/~nishiki/yamagatajo.htm
 http://kankou.yamagata.yamagata.jp/tankentai/
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/ouu/yamagataj.htm
2008/06/24(Tue)中国新聞 三太刀遺跡(広島県三原市):中世の館跡を示す囲い跡を発見
 小早川氏の最初の拠点といわれる三太刀遺跡(広島県三原市本郷町本郷)の発掘調査を行っている三原市教育委員会は、中世の館跡を示す囲い跡を確認した。この囲い跡は遺跡の南側で発見され、約45cm幅の溝で、底に直径20cmほどの穴がほぼ1m間隔で並んでいた。広島大学大学院の三浦正幸教授によると、竹や木を編んだ「柴垣」で、穴は支柱の跡という。今回の発見で、三太刀は「御館(みたち)」が語源という地名のいわれも裏付けると考えられた。
2008/06/21(Sat)静岡新聞 駿府城(静岡県静岡市):検討委員会で史実に基づく天守復元は不可能との多数意見
 静岡市駿府城天守閣建設可能性検討委員会の第2回会合が20日開催され、天守の絵図などの現存する史料は史実とは言い難いとして、史実に基づく天守復元は不可能であるとの意見が委員から相次いだ。駿府城天守は慶長12年(1607)の徳川家康の駿府入城とともに建設され、寛永12年(1635)に火災で焼失している。静岡市の調査で天守台の写真や屏風の絵図が確認されたが、図面は見つかっていない。なお、公園整備のあり方については、1)歴史的資産の保存・再整備、2)公園機能の強化および3)防災機能の確保を盛り込んだ再整備計画に同意した。
▼駿府城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.uraken.net/museum/castle/shiro98.html
 http://www.city.shizuoka.jp/deps/bunkazai/bunkazai_tyousa_sunpujyou_index.htm
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/sunpu.htm
2008/06/21(Sat)紀伊民報 田辺城(和歌山県田辺市):城下町遺跡で町家の礎石を確認
 田辺城下町遺跡の発掘調査を行っている和歌山県文化財センターは、江戸時代後期から幕末期のものとみられる町家の礎石を確認した。礎石は数ヵ所から見つかり、建物2軒の一部と推測された。今回発掘調査を行っているのは田辺城の東約600mのところで、同センターでは下屋敷町、中屋敷町や南新町などを含む地域を10月いっぱいまで発掘調査を行う予定である。
▼田辺城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/tanabe.htm
 http://www.miyatasan.com/~yagifau/fujinamiism/kiitanabejo.htm
 http://www.geocities.jp/edo300_japan/kinki/tanabe.html
2008/06/19(Thu)山梨日日新聞 甲府城(山梨県甲府市):県庁地下レーダー探査で多くの遺構を検出
 山梨県庁舎再整備に併せて構内の地中レーダー探査を始めて山梨県が実施したところ、櫓門や城壁など甲府城の遺構や遺物と思われる反応が100ヶ所以上で出たことが明らかとなった。県庁は甲府城の二市側に位置し、かつては楽屋曲輪があったところである。今回の探査結果ではほぼ全域に建物跡などの遺構や遺物が埋まっていると推定される反応があり、特に県庁東門付近の反応は追手門(大手門)跡とみられる。県議会議事堂東側では、古絵図に描かれていた温泉跡と思われる遺構も確認されている。
▼甲府城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.city.kofu.yamanashi.jp/kanko/history/0104.htm
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/kofu.htm
 http://www4.airnet.ne.jp/kmimu/castle/kosin/koufu.html
2008/06/18(Wed)毎日新聞 徳丹城(岩手県矢巾町):7世紀の木製兜は「偽の鉄兜」
 国指定史跡の古代城郭である岩手県矢巾町の徳丹城の井戸跡から出土した7世紀の木製兜の調査を行っていた元興寺文化財研究所は、この兜が戦いの際に鉄製兜に見えるように作った「偽の鉄兜」であることを明らかにした。鉄が貴重だった古代において、敵を威嚇するために鉄兜に見えるようにしたものと考えられた。この兜は放射性炭素年代測定によって640〜690年頃に作られたと考えられ、トチノキ製で表面に黒漆が塗られていた。木製兜に黒漆を塗ると縦長の鉄の板をつなげて作った鉄兜とほとんど区別がつかず、少しでも強い防具を持っていると敵に見せるため、あえて難しい技術を使って鉄兜に見せる工夫をしたのではないかと推察された。徳丹城は律令国家が東北地方征伐のために築いた城柵の一つで、征夷大将軍文室綿麻呂が9世紀に築城したとされている。
▼徳丹城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.town.yahaba.iwate.jp/siryoukann/09%20tokutan(frame).htm
 http://www.bunka.pref.iwate.jp/rekishi/shiro/contents/tokutan.html
 http://www.geocities.jp/chiezo_ikomai/tohoku/iwate/tokutan.html
2008/06/13(Fri)朝日新聞 大堀山館(埼玉県川越市):15世紀の木製臼がほぼ完全な形で出土
 戦国時代の陣城跡である大堀山館の発掘調査を行っている川越市教育委員会は、15世紀後半に作られたとみられる木製の臼がほぼ完全な形で出土したと発表した。大堀山館は15世紀後半に扇谷上杉氏は河越城の北を守る陣所として築城したとされ、一辺が約180mで空堀や土塁が残っている。本郭南西部の井戸跡からほぼ原形をとどめた木製の臼が見つかり、長享2年(1488)と刻まれた石製の板状の供養塔が同時に出土していることから、同教育委員会では15世紀後半に作られたものとみている。中世の臼が見つかったのは埼玉県内では初めてで、全国的に見ても珍しいという。井戸からは、木製の桶や「蘇民将来符」も見つかった。
▼大堀館については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.f2.dion.ne.jp/~fumie.h/houjoh/siro/s_kawag.html
 http://homepage3.nifty.com/jinsanz/privatebox/kawagoerekisi/rekisi-13.htm#oohori
 http://joe.ifdef.jp/saitama/053ohoriyama.htm
2008/06/13(Fri)紀伊民報 田辺城(和歌山県田辺市):築城以前の様相確認に向けて城下町遺跡を発掘
 田辺市海蔵寺通りの改良工事にともなって、和歌山県文化財センターは田辺城下町遺跡の発掘調査を始めた。この遺跡は田辺城の城下町である下屋敷町、中屋敷町や南新町などを含むもので、これまでに鎌倉時代や室町時代の遺物が確認されている。今回発掘調査を行うのは田辺城の東約600mのところで、田辺城築城以前の様相や絵図により存在が示されている町家などの建物跡の確認を目指す。
2008/06/11(Wed)読売新聞 鳥取城(鳥取県鳥取市):三ノ丸跡で掘の遺構が出土
 鳥取城三ノ丸跡に立つ県立鳥取西高の改築にともなう試掘調査を行っている鳥取市教育委員会は、江戸時代末期の万延元年(1860)に埋められたとみられる堀の遺構を確認した。鳥取城については絵図が多く残されているが、本格的な発掘調査はほとんど行われて来なかった。今回確認された堀は天保15年(1844)に描かれた「鳥府久松山御城積間図」に描かれているが、これまで未確認であった。三ノ丸は政務の中心で一時は藩主居館も置かれていたが、万延元年(1860)に南側に拡張され、そのときに堀が埋められたとみられている。
▼鳥取城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://shiro39.hp.infoseek.co.jp/sanin/totori/tottori.htm
 http://www.burari2161.fc2.com/tottorijyou.htm
 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/tottori.htm
2008/06/07(Sat)毎日新聞 犬山城(愛知県犬山市):世界遺産登録を目指して本格測量調査へ
 姫路城、松本城および彦根城とともに天守が国宝に指定されている犬山城では、世界遺産の拡大登録を目指して本格的な測量調査を行うこととした。測量調査は文化庁に申請する際に必要な基礎資料のひとつで、堀や土塁、櫓土台など城郭の遺構が読み取れるような200分の1の図面を作成する。犬山城天守は国宝に指定されているものの、城跡自体は国の史跡に指定されていないので合わせて指定も目指す。犬山城の南側に広がる城下町では町家建物が多く残り、歴史的な景観をとどめているが、犬山城は個人所有だったこともあって、これまで正確な測量調査は行われていなかった。
▼犬山城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.inuyamajohb.org/index01.html
 http://www.inuyama.gr.jp/ssinfo/contents/kokuhouinuyamajyo.html
 http://www.aichima.net/navi/castle/inuyama/index.html
2008/06/07(Sat)山形新聞 山形城(山形県山形市):16日から22日まで東大手門の櫓を公開
 山形城二の丸東大手門の櫓を今月16日から22日まで一般公開することを、山形市は決めた。山形市ではこれまで4月の霞城観桜会、7月第一日曜の市制記念日、8月の山形山笠まつりや10月下旬の菊花展に合わせて櫓の内部を公開してきたが、常時開放を求める声が以前から多く寄せられていた。今回は春の花見に次いで観光客の多いサクランボ狩りのシーズンに公開することとし、復元工事の写真のほかに来年のNHK大河ドラマ「天地人」にちなんで主人公直江兼続と山形城主最上義光が対立した長谷堂合戦の史料パネルも展示する。櫓内部を公開するのは10時から17時までで、無料である。
▼山形城については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www3.omn.ne.jp/~nishiki/yamagatajo.htm
 http://www.burari2161.fc2.com/yamagatajyou.html
 http://homepage3.nifty.com/otakeya/ouu/yamagataj.htm
2008/06/04(Wed)中日新聞 松阪城(三重県松坂市):御城番屋敷を外観そのままに大改修
 紀州藩が江戸時代末期に建造した松阪城近くの「御城番屋敷」が、国の補助金などを得て初めて大規模な改修工事が始められる。御城番屋敷は東西二棟の主屋と土蔵、前庭などからなり、東側に十戸、西側に九戸が連なっている。当時の長屋形式の住居としては全国最大級で、平成16年(2004)に国の重要文化財に指定されている。御城番屋敷には藩士の子孫らが今でも住んでおり、今回の改修で一時立ち退きするが、改修後は全世帯が戻る予定である。改修工事は今年度から3年間の予定で、予算は約3億円である。
▼松坂城の御城番屋敷については、下記サイトを参考にしてください。
 http://www.nattouya.com/matusaka-info/gojyoubann.htm
 http://homepage3.nifty.com/sotheby/gozyoub.html
 http://shiro39.hp.infoseek.co.jp/toukai/matusaka/matusaka.htm