| 2008/01/31(Thu)毎日新聞 沢城(三重県鈴鹿市):建物の基礎を確認 |
| 室町時代の沢城の発掘調査を行っている鈴鹿市考古博物館は、築城時に締まりの良い黒土と水はけの良い黄土をサンドイッチ状に約10層にもわたって積み上げた建物の基礎部分などを確認したと発表した。沢城は亀山城を築いた関盛政の子の神戸盛澄が正平22年(1367)に築城したとされ、神戸具盛が神戸城を築城するまでの約200年間にわたって神戸氏の居城であった。 ▼沢城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/isesawa.htm |
| 2008/01/30(Wed)山陽新聞 岡山城(岡山県岡山市):県庁敷地内で岡山城のものとみられる石垣が出土 |
| 岡山県が県庁本館の耐震工事にともない仮設庁舎の建設を予定している県庁敷地の発掘調査を行っている岡山県教育委員会は、岡山城内堀のものとみられる石垣遺構を発見した。県庁一帯はかつての岡山城二の丸にあたり、江戸時代の絵図によると今回の場所には内堀や家老屋敷があったこととなっている。文化庁は以前から岡山城石垣の保全に努める方針を提示しており、遺構の状況によって工法の工夫などが必要となる。 ▼岡山城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.city.okayama.okayama.jp/museum/okayamajou/ http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/okayama.htm http://www2.oninet.ne.jp/tn1201/okayama0.html |
| 2008/01/28(Mon)東日新聞 竹谷城(愛知県蒲郡市):増改築を繰り返す |
| 徳川家康を生んだ松平宗家につながる竹谷松平氏の居城であった竹谷城の発掘帳を行っている蒲郡市教育委員会は、城主の居館とみられる建物の柱穴が多数出土し、増改築が繰り返されたことが分かったと発表した。出土した柱穴の並び方などは複雑に入り組んでいることから、時代とともに何回も建物を増改築したことを示していた。竹谷松平氏は文献などで徳川宗家として確認されている信光の長男の守家が祖で、応仁の乱などで世の中が乱れた室町時代末期に地方豪族の松平氏の一族として三河湾を望む戦略上の要地であった現在の蒲郡市竹谷町に進出したとみられる。家康の時代には、当時隆盛を誇った今川氏に対する最前線に位置していた。 |
| 2008/01/25(Fri)京都新聞 彦根城(滋賀県彦根市):楽々園で能舞台跡が出土 |
| 彦根城内の名勝「楽々園」で、江戸時代後半に築かれたとみられる能舞台跡が出土した。発掘調査を行っている彦根市教育委員会が確認したもので、舞台の床下を深く掘った音響設備跡が見つかり、11代藩主井伊直中(1766〜1831)の時代に造られたとみられた。同教育委員会は能舞台跡の発掘例は少なく、江戸期の能舞台の構造を研究する上で貴重な資料となるとしている。この能舞台は直中が隠居したあとの文化11年(1814)に建てられ、亡くなった天保2年(1831)頃までに解体されたとみられる。 |
| 2008/01/24(Thu)河北新報 柳之御所(岩手県平泉町):往時の姿を再現するCGを岩手県教育委が作成 |
| 柳之御所遺跡の発掘調査を行っている岩手県教育委員会は、往時の姿を再現するCGを作成し、その一部を24日に公開した。柳之御所は平泉の政庁であった可能性が高いが、発掘調査結果を基にして、二代基衡から三代秀衡にかけて建物群が充実した12世紀半ばから後半の姿を再現した。県教育委員会では建物の機能や建築様式を確定させた上で、時代ごとの変化も分かるようにCGを完成させて、平成22年(2010)春にも一般に公開する予定である。柳之御所遺跡の復元整備事業は平成17年(2005)度から始まっており、当面は平成22年(2010)までに園地や園池、植栽などを再現し、そのあとに中央二棟の建物を復元する計画である。これらの復元遺跡もCGとともに、平成22年(2010)春に暫定公開の予定である。 |
| 2008/01/23(Wed)佐賀新聞 唐津城(佐賀県唐津市):築城400年事業実行委員会が発足 |
| 唐津城は今年で築城400年を迎えるため、多彩なPRイベントに取り組もうと同記念事業実行委員会が22日に発足した。メンバーは唐津市を初めとして市内の各種の24団体で、「産官学が連携し、唐津の地域の宝を情報発信する」との基本方針を決めた。今後各部会で計画を練って年間を通して多彩なイベントを行う予定であるが、今年6月には唐津青年会議所が「全国城下町シンポジウム」を開催する。 ▼唐津城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.ajkj.jp/ajkj/saga/karatu/kanko/karatu_castle/karatu_castle.html http://shiro39.hp.infoseek.co.jp/kyushu/karatu/karatu.htm http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/karatu.htm |
| 2008/01/22(Tue)福井新聞 木崎山城(福井県敦賀市):複数の竪堀を初めて確認 |
| 福井県敦賀市が「敦賀さくらの里事業」を進めている同市総合運動公園東側の木崎山城跡で、21日までに複数の竪堀が初めて確認された。木崎山城についてはその存在は言われてきたが文献資料はなく、今回の発見で初めてその存在が確認されたこととなる。木崎山には明らかに自然の地形とは異なる人工的な痕跡があったために平成4年(1992)に福井県の遺跡地図に「木崎山城」と記載されたが、その後も山城の存在を示す資料は全く発見されなかった。今回発見された竪堀は幅約2m×深さ約1mで、室町時代に造られたものと推定された。若狭国との国境には金山城(敦賀市金山)があり、敦賀港を見下ろす金ヶ崎城との間をつなぐ役割を担う城だったのではないかと推測されている。 |
| 2008/01/22(Tue)読売新聞 鮫ヶ尾城(新潟県妙高市):落城の際に焼けたおにぎりが出土 |
| 上杉謙信の死後に起きた後継者争いである「御館の乱」で落城した鮫ヶ尾城の発掘調査を行っている妙高市教育委員会は、落城の際の戦火で焼けたと思われるおにぎりが出土したと発表した。米倉跡からは焼けた備蓄米が多数出土しているが、おにぎりが出土したのは初めてである。国立歴史民俗博物館で鑑定を行ったところ、おにぎりが焼けたものであることが分かり、しかも麦や雑穀の混じっていない米100%であった。天正6年(1578)に謙信が亡くなったあとにともに養子であった景勝と景虎が後継争いから戦にまで発展したのが御館の乱で、多くを味方につけた景勝の勝利で終わる。劣勢になった影虎は逃亡中に立ち寄った鮫ヶ尾城で、景勝方に寝返った城主の堀江宗親に攻められて自刃した。 ▼鮫ヶ尾城については、下記サイトを参考にしてください。 http://ishigakiotoko.web.fc2.com/shiro/niigatak/samegao/samegao.htm http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Hokuriku/Niigata/Samegao/index.htm http://www.geocities.jp/hokuriku1970/samegao.html |
| 2008/01/22(Tue)下野新聞 壬生城(栃木県壬生町):元禄の大改修を裏付ける史料を確認 |
| 壬生城の歴史を調査していた壬生町歴史民俗資料館は、これまで伝説とされてきた「元禄の大改修」の詳細を示す史料を確認したと発表した。この史料は当時の城主が改修責任者の家臣に具体的な工事内容を指示する書簡で、大改修が史実として裏付けられたこととなる。元禄大改修を行ったのは元禄5年(1692)から3年間城主だった松平輝貞で、「御城御普請惣奉行」の山本十左衛門に宛てた二百件にものぼる指示が詳細が記載されていた。この改修では壬生城の東部分と本丸の一部で行われ、街道に面した東部分では見栄えのする二重櫓門の姿や弓形掘の深さなどが明らかとなった。壬生城は徳川将軍が日光東照宮への御成ルートにあたっており、街道に面した東側を改修したのは藩の維新を示すためだったのではないかと推測されている。 ▼壬生城については、下記サイトを参考にしてください。 http://marie.saiin.net/~tochigi-castle/mibu.htm http://www5f.biglobe.ne.jp/~mononofu/mibuzyou.html http://homepage1.nifty.com/05170517/zenkoku/tochigi/411_mibujyo_1.htm |
| 2008/01/21(Mon)中国新聞 三原城(広島県三原市):史跡公園としての整備が進む |
| 新幹線の駅から一番近い城として知られる三原城は7年前の芸予地震で北側の石垣が崩れたが、その修理がほぼ完成に近づいている。また西側の掘に面した住宅密集地をめぐる三原市と土地所有者との買収交渉も最終段階に入り、同市では早ければ年度内にも交渉の一部を成立させたいとしている。約2千2百平米を3年かけて買収し、整備を行う。三原城の西側は西国街道の面影が残り、国の重要文化財である宗光寺や三原城の城門を移築した順勝寺などが点在し、文化財とその周辺の一体的な活用は文化庁の目指す方向とも一致する。 ▼三原城については、下記サイトを参考にしてください。 http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/c-1-3-8-9-siro-MIHARA.html http://www.eonet.ne.jp/~kitamejirou/new_page_30.htm http://www.tako.ne.jp/~m-kankou/meisyo/ukishiro/ |
| 2008/01/20(Sun)産経新聞 福山城(広島県福山市):遺構問題に関して、市民団体が3回目のシンポジウム |
| 福山市の福山城遺構保存問題で、石垣を活用した駅前整備計画を提唱する市民団体「福山駅前水辺公園プロジェクト」は、城郭建築の第一人者である広島大学大学院の三浦教授などを招いて、第3回目となるシンポジウムを開催した。同教授は福山城の規模や造りから、「百万石級の城郭で、国内で五本の指に入る城」とし「長期的視点からも、市民の誇りである城の遺構を破壊してはいけない」と指摘した。 |
| 2008/01/19(Sat)日本経済新聞 伊予松山城(愛媛県松山市):現存12天守のスタンプ帳付観光案内作成 |
| 松山市では、現存12天守のスタンプ帳が付いた伊予松山城の観光案内を作成した。伊予松山城は日本城郭協会が選定した「日本100名城」に選ばれており、認定のスタンプが設置されている。同協会ではスタンプ帳を作成したが数が少なく、スタンプ帳の要望が多かった。同市では日本城郭協会や現存12天守を有する各城郭管理者の協力を得て、スタンプ帳付の観光案内を1万6千部作った。このスタンプ帳付の観光案内は伊予松山城を初めとして、観光関連の窓口で配布する。 ▼伊予松山城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.city.matsuyama.ehime.jp/matsuyamajo/1177426_1025.html http://woodone3831.hp.infoseek.co.jp/c-1-3-9-1-siro-MATUYAMA-a.html http://www4.airnet.ne.jp/kmimu/castle/sikoku/ehime.html |
| 2008/01/18(Fri)読売新聞 福岡城(福岡県福岡市):犬鳴御別館の精巧模型を展示 |
| 幕末に外国船からの攻撃を恐れた福岡藩が藩主の避難所とするために現在の宮若市犬鳴の山中に建てた「福岡城犬鳴御別館」の精巧な模型が製作され、同市中央公民館若宮分館に27日に展示される。この別館は慶応元年(1865)に福岡藩の勤労派家老加藤司書の指揮で建てられたが、完成前の「乙丑の獄」で勤労派が粛正されたために本来の目的に使われなかった。この別館は茶屋として使われ、現在は石垣の一部が残っている。この模型は同市在住の大工・常友さんが平成18年(2006)秋から、残されていた平面図を参考に作ったもので、幅約2m×奥行き約3mという大きなものである。 |
| 2008/01/17(Thu)読売新聞 名古屋城(愛知県名古屋市):開府から現在までを動画などで紹介 |
| 名古屋市東区の映像製作団体「映像塾」は、慶長15年(1610)の名古屋開府から現在までの名古屋の写真や動画などを紹介するサイトを立ち上げた。このサイトは「映像で綴る名古屋の400年」で、江戸、明治、大正、昭和初期の各時代の地図から名古屋城などの場所をクリックすると当時の絵や写真が現れる。 ▼同サイトは下記ですので、一度アクセスしてみてください。 http://nagoya400history.com/ |
| 2008/01/15(Tue)佐賀新聞 唐津城(佐賀県唐津市):10億円をかけて石垣を修復へ |
| 損傷が進んで崩落の危険性が指摘されていた唐津城の石垣について、唐津市は5年ほどかけて修復することとした。総事業費は10億円ほどになる見込みで、城郭の石垣修復としては全国最大級の規模となる。同市では平成17年(2005)に本丸の東、西および南側の石垣の測量および調査に着手し、翌年には城郭専門家を含めた石垣修復専門委員会を立ち上げて、修復工事の方法などの検討を行なってきた。来月に予定されている専門委員会で工事の基本方針を決める予定だが、5年ほどかけて石垣を解体して積み直しを行なうこととなる。今年は唐津城築城400年にもあたることから、同市では見学会を開くなど市民にも工事の様子を見せることを考えている。また、これまでよく分かっていなかった本丸の構造解明にも、期待がもたれる。 ▼唐津城については、下記サイトを参考にして下さい。 http://www.ajkj.jp/ajkj/saga/karatu/kanko/karatu_castle/karatu_castle.html http://shiro39.hp.infoseek.co.jp/kyushu/karatu/karatu.htm http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/karatu.htm |
| 2008/01/13(Sun)読売新聞 熊本城など(熊本県熊本市):未発表の古写真を収録の写真集を出版 |
| 長崎大学付属図書館は、明治時代の九州各地の写真を集めた「明治七年の古写真集 長崎・熊本・鹿児島」を出版した。掲載の写真は明治7年(1874)頃のもので、当時の米国海軍カーモディ大尉が長崎の写真館で購入したものと考えられる。我が国最初の職業写真家である上野彦馬やその弟子たちによって撮影されたと推定され、熊本城や水前寺公園などの未発表のもの84点が掲載されている。1部2,100円で、長崎文献社から上梓された。なお、同図書館では昭和63年(1988)から幕末・明治期の古写真6千点を収集して、平成10年(1998)からはインターネットで公開している。 ▼長崎文献社については、下記公式HPをご覧下さい。 http://www.e-bunken.com/ ▼長崎大学付属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベースについては、下記にアクセスしてください。 http://hikoma.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/ |
| 2008/01/13(Sun)岐阜新聞 加納城(岐阜県岐阜市):城門を鵜沼宿へ移築 |
| 加納城のものと伝えられる城門が各務原市内の旧家から、同市が「旧鵜沼宿まちづくり事業」として整備を進めている旧中山道鵜沼宿に移築されることとなった。この城門は江戸時代に庄屋を務めた安積家にあり、安積門と呼ばれている高麗門である。この門は長年の風雨にさらされて老朽化しており、同市では無償で譲り受けたあとに使われている部材と同じような材料で補修する。補修後は、鵜沼宿内に整備する町屋館の周辺に移築する計画である。この門は加納城のものと伝えられてはいるが、古文書などはなくその真偽は不明である。なお、旧鵜沼宿まちづくり事業では平成23年(2010)度までの5ヶ年計画で、登録有形文化財の修景や脇本陣や背割り水路の復元などを行う。 |
| 2008/01/13(Sun)紀伊日日新聞 新宮城(和歌山県新宮市):古瓦収集家所蔵の鯱は新宮城の可能性 |
| 白浜町在住の古瓦収集家塚本さん所蔵の鯱について、その入手経路などの調査を行っていたが、新宮城のものである可能性が高まった。県内の城に詳しい日本城郭史学会の水島さんが、歴史研究所に「熊野速玉神社御宝物」として「西長郷土館所蔵品 丹鶴城の鯱」と紹介されている写真が同一のものであることを確認した。塚本さんらがこの文献を基に旧所有者の証言を集めたところ、明治8年(1875)の新宮城取り壊しの際に当時の役場倉庫に保管したが、倉庫の老朽化によって熊野速玉神社が受け継いで保管したという。新宮城は慶長6年(1601)に浅野長吉が築城したが、元和の一国一城令で廃城となった。その後紀伊徳川家の付け家老水野氏が再築城したが、この鯱は再築城の際のものと考えられた。 ▼新宮城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/singu.htm http://inoues.net/club/singu_turumai.html http://www.miyatasan.com/~yagifau/fujinamiism/shingujo.htm |
| 2008/01/11(Fri)中日新聞 金沢城(石川県金沢市):復元目指して西内惣構を発掘調査へ |
| 金沢市は西内惣構の復元を目指して、平成20年(2008)度予算に発掘調査費と復元整備の設計費を盛り込む。金沢城周辺には内側と外側に二重の惣構があり、内側は二代藩主の前田利長が慶長4年(1599)に造らせたという。今回発掘調査と復元を行なうのは同市主計町の緑水苑にある西内惣構で、堀の幅や構造と変遷などを調べる。平成20年度は発掘調査を基に惣構の設計を行ない、次年度に着工・完成の予定である。 ▼西内惣構については、下記サイトを参考にして下さい。 http://www.sakane.net/sakura/che_pkkz.htm http://homepage3.nifty.com/haruslife/sirotanken7.htm http://www.hakusan-kenrokuen.com/b-kanazawa-castlemoat.html |
| 2008/01/11(Fri)読売新聞 犬山城(愛知県犬山市):松本市に同調して国宝4城の世界遺産登録へ |
| 犬山市の田中市長は年頭の記者会見で、松本市から打診されていた国宝4城をセットにして世界遺産登録を目指す方針に応じる考えを明らかにした。国宝4城とは天守が国宝に指定されている姫路城、松本城、犬山城と彦根城で、姫路城はすでに世界文化遺産に登録され、彦根城は暫定リストに入っている。犬山城単独では登録が難しいことから、松本市と歩調を合わせることとした。 |
| 2008/01/11(Fri)山梨日日新聞 武田氏館(山梨県甲府市):38年目にしてようやく復元工事に着手 |
| 国の史跡に指定されている武田氏館(躑躅ヶ崎館)は昭和45年(1970)から整備に向けた公有地化が進められ、平成7年(1995)からは発掘調査が行われてきたが、38年目にしてようやく復元工事が始まることとなった。甲府市によると復元工事は「大手門周辺」「北郭全域」「西曲輪」「梅翁曲輪」のエリアごとに四期に分けて行われ、大手門周辺ではすでに工事が始まっており、平成21年(2009)度までに史実に基づいて石階段、土塁や掘などを復元する。すべてのエリアの完成は、武田信虎が館を築いてからちょうど五百年にあたる平成31年(2019)度を予定している。 ▼武田氏館については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.zephyr.dti.ne.jp/~bushi/siseki/takedaji.htm http://kakutei.cside.com/photo/takeda.htm http://www.tt.em-net.ne.jp/~t3yk/kojousi.tsutsuji.htm http://sidokan.hp.infoseek.co.jp/page018.html http://sinn.dip.jp/kesiki/yamanasi/tutuzigasakiyakataato.htm |
| 2008/01/10(Thu)埼玉新聞 菅谷館(埼玉県嵐山町):企画展「後北条氏の城−合戦と支配」が開催 |
| 国指定史跡である菅谷館に隣接する埼玉県立嵐山史跡の博物館で、企画展「後北条氏の城−合戦と支配」が2月24日まで開催されている。地域支配の拠点となった城がテーマで、武蔵国の城郭遺跡から見つかった出土品、後北条氏関係の文献や古美術史料などが展示されている。また、2月10日には菅谷館、小倉城、杉山城と松山城をバスでめぐる「お城ツアー」も実施される。このツアーについては、14日までに往復葉書で申し込む必要がある。 ▼嵐山歴史の博物館と企画展については、下記公式サイトをご覧下さい。お城ツアーの申込み方法もあります。 http://www.ksky.ne.jp/~ranzansi/ |
| 2008/01/10(Thu)西日本新聞 糸田城(福岡県糸田町):室町時代の五輪塔を確認 |
| 昨秋に糸田城から発見された祠に収められた五輪塔上部の調査を行っていた福岡大学の小田名誉教授は、この五輪塔が室町時代のものであることを確認した。縦約30cm×横約15cm×厚さ約10cmと小さいものだが、円の中に梵字を掘った図案が施されていて、こうした五輪塔が九州で発見されるのは珍しいとされた。糸田城は鎌倉時代末期に豊前守護を務めた糸田貞義の居城で、現在の糸田町役場北側の丘陵にあったとされる。 |
| 2008/01/09(Wed)富山新聞 高岡城(富山県高岡市):義経岩の石切場跡を調査へ |
| 高岡市教育委員会は、高岡城築城に使われた石の切り出し跡とみられる雨晴海岸の義経岩付近の調査を行うこととした。雨晴海岸は景勝地として知られるが、義経岩は岩盤にひび割れなどがあって崩落の危険性が指摘されていた。義経岩の石切跡については富山考古学会などがその存在を確認していたが、同考古学会および二上山総合調査研究会と協力して本格的な調査を行うこととした。同市教育委員会は、義経岩で切り出された時期や矢穴の形状などを調べることによって、高岡城築城の様子に迫りたいとしている。 ▼義経岩については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.manyonosato.com/tourist/spot_02.html http://www3.nsknet.or.jp/~amaharasi/ ▼高岡城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.e-tmm.info/siro.htm http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/hokuriku/c-1-3-3-1-siro-TAKAOKA.html http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/takaoka.htm |
| 2008/01/09(Wed)中日新聞 鳥羽城(三重県鳥羽市):石垣撤去し保存へ |
| 鳥羽市内の妙慶川の相橋架け替え工事にともなって発見された江戸時代のものとみられる鳥羽城の石垣について、鳥羽市は石垣を一旦撤去したのち記録保存する方針を決めた。橋台部の石垣をそのまま残して相橋を延長するなどの工法変更も検討したが、民有地との境がなくなるなどの理由で断念し、石垣を川側に移動した上で資料として保存することとなった。また同市教育委員会は、これまでの調査結果に加えて鳥羽城最後の城主稲垣家の家紋が入った瓦が発見されたことや江戸末期の絵図から、石垣が江戸時代までさかのぼることを確認した。なお、江戸時代の石垣は橋台付近の両岸でも発見されており、こちらの石垣は現状のまま保存し、来年度に川面に張り出した遊歩道を整備する予定である。 |
| 2008/01/08(Tue)中日新聞 多気北畠氏遺跡(三重県津市):戦国時代の石列発見 |
| 国の史跡に指定されている多気北畠氏遺跡の発掘調査を行っている津市教育委員会は、戦国時代の幹線道路に沿った土塀跡とみられる石列が初めて見つかったと発表した。北畠氏遺跡は室町から戦国時代に多気を中心に中南勢地域に勢力を有していた北畠氏の居館などの跡で、江戸時代の絵図には幹線道路のある中世都市が描かれているものの、これまでそれを裏付けるものは見つかっていなかった。今回発掘されたのは東西に伸びる長さ約16m×幅約0.6mの石列で、北畠氏館入口につながる幹線道路沿いの寺院や屋敷を囲む土塀の基礎部分と推測された。同市教育委員会は、室町から戦国時代にかけて多気地区に中世都市があったことを示す上で貴重な手がかりとしている。 ▼多気北畠氏遺跡については、下記サイトを参考にしてください。 http://nagata.kanagata.net/ise_shiseki/kitabatake_jinjya.htm http://www.gtoweb.com/native/spot12_6.htm |
| 2008/01/06(Sun)東日新聞 竹谷城(愛知県蒲郡市):開発にともなって緊急発掘調査実施へ |
| 蒲郡市竹谷町の同市指定文化財・史跡の竹谷城について、同市教育委員会は今月中旬より開発にともなう緊急発掘調査を行うことを決めた。今回の調査では、住宅建設など開発が進む指定区域の外周部分の堀割付近を中心に城外南側の畑地などを発掘する。竹谷城は松平宗家に近い竹谷松平氏が築いた城で、同氏6代の家清には徳川家康の意向で異父妹「天桂院殿」が嫁いだ。7代忠清の時に家康にしたがって関東に移ったために、廃城となった。 ▼竹谷城については、下記サイトを参考にしてください。 http://f34.aaa.livedoor.jp/~batabaru/taketani.htm http://www.sk.aitai.ne.jp/~k-matsu/take.html http://www.geocities.jp/shiro20051212/takenoyajyou.html |
| 2008/01/04(Fri)琉球新報 浦添グスク(沖縄県浦添市):西側の城壁の復元が今月中に完成へ |
| 首里城に移る前に中山王が拠点としていた国指定史跡の浦添グスク西側城壁の発掘調査が終了し、1月中にも城壁の復元が完了する予定である。復元される城壁は駐車場から園路の右手にある城壁の一部で、長さ十数mにわたって復元される。発掘調査で見つかった城壁の基礎部分をそのまま利用し、その上に新たに琉球石灰岩の石積みで完成させる。また浦添市教育委員会では、来年度からこの城壁に続く東側部分の復元にも取りかかる予定である。 ▼浦添グスクについては、下記サイトを参考にしてください。 http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/okinawa/c-1-3-10-14-siro-URASOE.html http://www.miyatasan.com/~yagifau/fujinamiism/urasoejo.htm http://www5.ocn.ne.jp/~umasijin/gusuku/urasoe.html |
| 2008/01/04(Fri)西日本新聞 熊本城(熊本県熊本市):桜の馬場に「城の駅」開設を計画 |
| 熊本城桜の馬場地区は現在観光客用の駐車場となっているが、ここに観光案内所や歴史文化体験施設、飲食店、物販施設などを集めた「城の駅」を建設する計画の中間報告を熊本がまとめた。現在工事中の九州新幹線鹿児島ルートが全通する平成23年(2011)春のオープンを目指して、具体的な計画を検討している。新しく設置される「城の駅」は熊本城と市内を結ぶ交流拠点と位置づけて、「にぎわいの熊本城下町」をテーマに整備する考えである。この「城の駅」は城下町の雰囲気を出すように外観も工夫するなど、3月までに基本計画を決定する予定である。 |
| 2008/01/04(Fri)河北新報 阿津賀志山防塁(福島県国見町):頼朝軍との戦い解明へ向けて新年度に発掘調査 |
| 福島県国見町にある国指定史跡の阿津賀志山防塁は奥州藤原氏が源頼朝との戦いに備えて造った防塁で、全長約3kmの土塁や掘などがほぼ完全な形で残っている。国見町では発掘調査と復元整備を目指して1980年代から土地の買収を進めてきたが、耕作を放棄する農家が増えたためにここ数年買収が進んだ。このために本格的な発掘調査が可能となり、同町教育委員会では新年度から発掘調査を行うこととした。この防塁は藤原氏が頼朝軍の北進を止めるために、文治5年(1189)の阿津賀志山の戦いの直前に延べ25万人を投入して完成したとされ、幅15mの間に二重の掘と三重の土塁が設けられている。今回の調査によって、奥州藤原氏の東北統治の実態や、平安から鎌倉時代に移る日本史の転換点となった阿津賀志山の戦いの実像が解明されることが期待される。10万人以上とされた頼朝軍は結局防塁を突破できずに、藤原勢の背後を奇襲することで勝利している。 ▼阿津賀志山防塁については、下記サイトを参考にしてください。 http://www7.plala.or.jp/oygd/atukasi.html http://homepage2.nifty.com/nanbu_hachinohe/kojo_fukusima/atukasiyama.html |
| 2008/01/04(Fri)岡山日日新聞 鬼ノ城(岡山県総社市):最新工法で土塁を再復元 |
| 国指定史跡である鬼ノ城で平成15年(2003)末に版築工法で土塁が復元されたが、翌年5月の長雨のために土砂が崩落していた。現場は下層ほど狭くなる逆三角形の急斜面のために版築工法での再復元は断念し、軽さや排水ならびに保存性などを考慮して鋼製フレームによる工法が採用されることとなった。築城当初の土塁に今も残る柱穴を利用してフレーム10本を埋設し、組み上がった枠組みの中に発泡ウレタンを充填させ、その表面20cmほどだけを版築によって固める。フレームの組み立ては12月中にほぼ終了し、3月までに再復元工事を完成させる。これによって、吉備路一帯を見渡せる西門から約140mにわたって、壮大な城壁が現れることとなる。 ▼鬼ノ城については、下記サイトを参考にしてください。 http://www.city.soja.okayama.jp/kanko/kankochi/kinojo.jsp http://alpha.c.oka-pu.ac.jp/kinojo/ http://www.sairosha.com/tabi/nazo/kinojo.htm |
| 2008/01/03(Thu)京都新聞 伏見城(京都府京都市):伏見桃山城キャッスルランド所蔵の黄金の茶室などが2年後に公開へ |
| 旧伏見桃山城キャッスルランドが所蔵していた「黄金の茶室(復元)」や「伏見古地図」などは5年前の閉園以来眠ったままになっているが、2年後にオープン予定の伏見区の新総合庁舎で展示することが決まった。伏見桃山城キャッスルランドは経営悪化のために平成15年(2003)1月末に閉園され、展示されていた100点ほどの展示品は京都市に譲渡されていた。京都市は昨年春までにそれらの展示品の調査・整理を行い、宝暦7年(1757)の「伏見古絵図」や天正11年(1583)の「羽柴秀吉禁制」などの文化財的価値の高い史料や伏見城の瓦などがあることが分かっていた。こうした調査結果や現在は保存状況が悪いことから、2年後に新庁舎で展示することが決まった。また「黄金の茶室」は平成6年(1994)に文献を基に忠実に復元されたもので、組み立て式で移設が簡単にできることから、条件付きながら市民に貸し出すことも決まった。 |