| 2005/08/30(Tue)中日新聞 長浜城(滋賀県長浜市):企画展「田中吉政とその時代」 |
| 長浜城歴史博物館では、9月10日から10月16日まで企画展「田中吉政とその時代」を開く。田中吉政は湖北出身の武士で秀次の筆頭家老として活躍し、岡崎城や柳川城主となった。しかしながら、地元ではあまり知られていないことから、今回の企画展の開催となった。近江八幡城に関する絵図など110点や、石田三成から形見として送られた重要文化財・短刀無名定宗などが展示される。会期中は無休で、入場料は400円。同館での展示のあと、吉政ゆかりの愛知県岡崎市と福岡県柳川市でも巡回展示される。 ▼田中吉政については、下記の武家家伝が詳しい。 http://www2.harimaya.com/sengoku/html/tanaka.html ▼岡崎城については、下記を参考にしてください。 http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/ka171.htm ▼柳川城については、下記を参考にしてください。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%B7%9D%E5%9F%8E |
| 2005/08/29(Mon)朝日新聞 八王子城(東京都八王子市):保存運動が本に |
| 八王子市元八王子町と下恩方町にまたがる国指定史跡八王子城跡の保存運動40年間の記録がまとめられ、このほど揺籃社より定価700円で出版された。八王子城は北条氏照の城として名高く、昭和26年には国の史跡に指定されている。しかしながら、その保存に関しては順調ではなかった。1960年代に旅館建設によってアシダ曲輪が破壊されると、当時市内の高校教諭だった椚國男さんらは八王子城を「戦国時代に終わりを告げた城」と位置づけて、歴史学者の指導を受けながら保存活動をはじめた。最近では八王子城跡の近くで絶滅危惧種であるオオタカの営巣も確認され、保存運動は幅広くなった。活動40周年の今年、活動記録をまとめて「八王子城とオオタカ 八王子城保存運動40年間の記録」(国史跡八王子城とオオタカを守る会編)として上梓された。。 →八王子城は全国的に見ても最大級の山城で、山中至る所に遺構が残っていました。特に、関東地方には珍しく多くの石垣や石積みを使った山城で、見どころもたくさんあります。保存活動の一環として、以前には椚先生自身が八王子城を案内するということを定期的に行っておりましたが、今でもやっているのでしょうか。 →八王子城に関する書籍としては、以下のものがお薦めできます。特に椚先生がお書きになった二番目の本はとても良い本ですが、残念ながら絶版となっています。 ・「改訂新版八王子城みる・きく・あるく」揺籃社ブックレット4) 定価700円 ・「戦国の終わりを告げた城」(椚國男著・六興出版) 定価1,400円 また、八王子城落城をあつかった下記の小説も、お薦めできます。 ・「八王子城滅亡 天正十八年六月二十三日」(川村掃部著・南雲堂) 定価2,200円 ▼八王子城については、以下のURLをご参照ください。 http://homepage3.nifty.com/hachioji-city-museum/joseki.html |
| 2005/08/29(Mon)朝日新聞 米子城(鳥取県米子市):米子城跡かいわい |
| 29日の朝日新聞鳥取版に[週刊 まちぶら]として米子城が取り上げられていましたので、ご紹介します。 |
| 2005/08/28(Sun)愛媛新聞 伊予松山城(愛媛県松山市):修理中の内部を公開 |
| 伊予松山城は平成の大修理の2期工事が行われているが、その修理の状況を一般公開する「解体復旧建物施設見学会」が28日に行われた。「松山城天守修復記念イベント」として、松山市が一般公募した108人が参加した。天守の屋根に葺く瓦への記念記名を行うとともに、天守や隠門の工事状況や保存小屋での解体作業の説明を受けた。 →伊予松山城では昨年10月から来年夏の完成を目指して、天守など重要文化財に指定されている7棟の保存修理を行っています。昭和25年と44年に続く大規模なもので、天守内には入れるものの外側は足場などが組まれていますので、写真撮影に適しませんので見学を予定している方は注意が必要です。ただ、7月29日から小天守二階内部が公開されているのは朗報です。 →工事状況を含めた松山城については、松山市のホームページが参考になります。 |
| 2005/08/27(Sat)朝日新聞 信長居宅(岐阜県岐阜市):直線通路を確認 |
| 岐阜公園内にある信長居宅跡に約70mの直線通路があったことが、岐阜市教育委員会と同市教育文化振興事業団の発掘調査で判明した。居館の入口があったと推定される場所から約15m南西のところで、見つかった。同市教育委員会は、これまでに発見されている巨石列と今回の発見場所をつなぐ約70mの直線通路があったと推測している。城郭において直線通路は珍しく、信長が築城した安土城にある長さ130mにおよぶ大手道に通じるものとして注目されている。 →同様の記事は、すでに7月29日の中日新聞に掲載されています。今回の記事に内容的に目新しいことはなく、現地説明会もすでに7月30日に行われています。なぜ、今頃になって同じ内容の記事を出したのか、理由がよく分かりません。 |
| 2005/08/26(Fri)産経新聞 平城京(奈良県大和郡山市):羅城跡を初めて確認 |
| 平城宮跡は近鉄奈良線奈良駅と西大寺駅の中間に位置し、世界文化遺産にも登録されている。また、近年朱雀門も復元されている。この朱雀門から南の大和郡山市に向かって朱雀大路が延びており、南端には平城京の正門といえる羅城門があった。羅城門跡についてはすでに発見されていたが、その東約520mのところで羅城の跡を国内で初めて確認した。大規模店舗建設にともなう発掘調査を行っていた大和郡山市教育委員会と元興寺文化財研究所が、26日に発表した。羅城は平城京の外郭を区切る城壁で、2列の柱穴が認められたことから門か築地塀があったと推察される。また、これまで平城京は九条大路が南端と考えられてきたが、碁盤目状に区画整理された奈良時代初期の道路遺構が見つかったことより、南に400mも広いことが分かった。9月3日10時より、現地説明会が開催される。 |
| 2005/08/26(Fri)長野日報 大出城(群馬県箕輪町):桜の城山公園を復活へ |
| 箕輪町大出区にある城山公園は鎌倉時代の大出城跡であり、60年前には桜の城山公園として有名であった。しかしながら、1970年代前半に国道の開通により分断され、いつの間にか杉林となってしまった。同区では「桜の城山」を復活させるべく、専門委員会を立ち上げて調査および整備計画を昨年提出した。この提言を受けて、箕輪町が創設した「地域活性化事業交付金制度」を利用して城山としての保存と桜の植林などを行うこととした。 大出城は鎌倉時代初期に地元の大出氏によって築城され、代々居城したと伝えられるが南北期に滅亡。その後、戦国時代には藤沢織部が治めたが、天文年間(1532〜55)に武田信玄に滅ぼされたといわれる。 |
| 2005/08/26(Fri)東海日日新聞 吉田城(愛知県豊橋市):八幡小路を確認 |
| すでに8月23日付の中日新聞でも報じられているように、豊橋公園内の陸上競技場の西側で行っていた発掘調査で「八幡小路」が確認された。発掘調査が行われた場所は、吉田城三の丸の外側を取り囲む藩士屋敷地の東側に相当する。吉田城内の道路には八幡小路以外にも天王小路、八丁小路、神明小路などがあり、八幡小路は三の丸に直結する天王小路などの主要な通路と交差する道であった。なお、28日10時から現地説明会が開かれる。 |
| 2005/08/23(Tue)河北新報 胆沢城(岩手県水沢市):城の隣に人工池?が出土 |
| 国指定史跡胆沢城近くの伯済寺遺跡の発掘調査を行ってきた水沢市埋蔵文化財調査センターの指導会議で、これまで河川跡と考えられていた部分が平安時代前期の人工的な池である可能性が専門家より指摘された。同指導会議に出席した岡田茂弘国立歴史民族博物館名誉教授(古代城柵史が専門)は、伯済寺遺跡は「胆沢城に勤める役人の館跡」との見方を示し、今回の遺構については「毛越寺などの平泉庭園遺跡に先行するものではないか」と指摘した。今回の調査および指摘を受けて、水沢市教育委員会では国史跡への追加指定も含めて検討を進める。 →この胆沢城を初めとして、東北地方には多賀城、秋田城、払田柵など多くの古代城柵が残されており、その規模や遺構のすばらしさに驚かされます。全国的にはまだまだ知名度が低いと思われますが、もっと多くの人に知って欲しいと思います。 |
| 2005/08/23(Tue)下野新聞 宇都宮城(栃木県宇都宮市):宇都宮城上棟記念イベント |
| 宇都宮城上棟記念イベントとして、四代目三遊亭小圓朝師を迎えて「落語を聞く会」が行われた。出し物は、宇都宮出身で初代横綱と言われた明石志賀之助を題材とした「横綱俵」。 →不勉強で今回初めて知ったのですが、宇都宮城の復元工事が行われています。平成13年度から平成18年度完成を目指して、総事業費36億円で取組中です。本丸跡を中心に、櫓(清明台、富士見櫓)、土塀、土塁や堀などを復元する計画です。詳細については、市民の会のホームページをご覧ください。 |
| 2005/08/23(Tue)中日新聞 吉田城(愛知県豊橋市):城内より八幡小路跡を発掘 |
| 吉田城の発掘調査を行っていた豊橋市美術博物館は、吉田公園で八幡小路跡を発掘したと発表した。これは江戸時代に吉田城内を通っていたもので、城内北側の八幡社と外堀付近をつなぐ南北440mの砂利道。吉田城内から道路遺構が見つかったのは初めてで、幕末の地図と照らし合わせて八幡小路と確認した。28日に、現地説明会が行われる。 →今回の発見とは直接関係ありませんが、「吉田城築城500年記念・吉田城シンポジウム」(主催:豊橋市美術博物館)が10月8日と9日に豊橋市公会堂で行われます。 |
| 2005/08/22(Mon)神戸新聞 二条城(京都府京都市):財政難を理由に損傷を京都市が放置 |
| 世界文化遺産にも登録されている二条城に関して、文化庁などから行政指導を受けながらも、これを所有・管理する京都市が財政難を理由に修復を行っていないことが22日に明らかとなった。京都市では2001年にまずは損傷調査を行うことを決めたが、これすら実施されていない。国宝二の丸御殿も、老朽化により軒先の木材が腐ったり、屋根にゆがみが生じている。二条城は入場料などで年間約3億円の利益を上げているが、本年度の予算では二条城の建造物修繕費はわずかに480万円である。 →二条城は世界文化遺産にも登録されているが、数少ない国宝に指定されている城郭建築の一つである。京都観光の目玉の一つでもあることから、早急な対策が望まれる。入場料などで十分な利益を上げている訳なので、きちんとした予算措置を講じるべきと思います。 →この記事は共同通信から配信され、各紙に掲載されています。でもどういう訳か、地元の京都新聞には掲載されていないようです。何か、理由があるのでしょうか。 →二条城については、「元離宮二条城」のホームページをご覧ください。 |
| 2005/08/20(Sat)中日新聞 松本城(長野県松本市):戸田家家臣の末裔が古文書寄贈 |
| 松本藩を寛政6(1794)年から文政8(1825)年にかけて治めていた戸田家家臣の子孫から、幅15cm×長さ約15mにおよぶ古文書が松本城管理事務所に寄贈された。この古文書を寄贈したのは戸田家家臣の鈴木覚右衛門高昌家の子孫の方で、御広間番といわれる要人補佐役の仕事の記録や往時の出来事が記録されていた。寄贈された松本城管理事務所では、内容や記載者を解読して、往時の統治状況や人間関係を解明したいとしている。 →松本城は、好きなお城の第一です。堀に映る黒い天守はほかの城ではみることの出来ない姿ですし、月見櫓の黒の下見板張りと朱の欄干のコントラストは何とも言えません。ところで、これからの松本城関係の催し物としては、「松本城解体復元50周年記念展」(9/10〜10/10)や「国宝松本城『月見の宴』」(9/16〜21)が予定されています。月夜の宴開催中は、ライトアップされた松本城が夜間開放されます。 →松本市公式ホームページや松本商工会議所のホームページで松本城が紹介されていますが、内容的には物足りないものがあります。全国に四つしかない国宝天守(あとの3つは、姫路城、犬山城と彦根城)の一つですから、もっといろいろなことを紹介して欲しいものです。 |
| 2005/08/18(Thu)神奈川新聞 小田原城(神奈川県小田原市):マンション用地を市が買収 |
| 小田原城天守近くに計画されていた高層マンションの敷地を小田原市が買い取ると報道されていた(6月6日の日経BPニュース)が、このほど小田原市土地開発公社が6億2千万円で先行取得した。18日に開催された市議会総務民生常任委員会で、報告された。同市は小田原城の本丸や二の丸と同様に、国の史跡に追加指定するための申請を行った。順調にいけば、今週11月頃に開催される文化審議会で答申される。 |
| 2005/08/18(Thu)京都新聞 安土城(滋賀県安土町):内堀の遺構と思われる石垣発見 |
| 国の特別史跡である安土城の発掘調査を行っている滋賀県安土城郭調査研究所は、内堀の遺構と思われる石垣が見つかったと18日に発表した。21日に、大手前駐車場で現地説明会が開かれる。 今回発見された石垣は大手門前から南に44mのところで、東西32mの間に4ヵ所あった。石垣には突出部があり、内堀を渡る橋の橋台と思われる。 →安土城郭調査研究所によると、今年度は大手門前の発掘調査と大手門周辺の環境整備を行うこととしている。今回の発見は大手門前の発掘調査委にともなうもので、現在駐車場として利用されている大手門前について、堀や道の規模といった空間の使われ方などを調査することとなっている。 →安土城跡の発掘調査を担当している滋賀県安土城郭調査研究所はホームページを開設しているが、情報の更新が全くなされていない。最新情報が1997年度の調査結果とは、全く意味がない。安土城については一般の方の関心も高いと思われるので、きちんとした情報の発信を望みたい。滋賀県には県立安土城考古博物館もあるが、こちらも内容は貧弱である。仙台城の発掘を行っている仙台市役所のホームページなどを、是非見習って欲しいと思います。 →安土城に関しては、「蘇る安土城」がお薦めです。 →18日から19日にかけて全国紙・地方紙問わず一斉に報道されていますが、どこも代わり映えしません。そんな中、読売新聞の記事が一番親切という印象を受けました。 |
| 2005/08/16(Tue)河北新報 山形城(山形県山形市):市民有志がHPで観光マップ |
| 昨年5月に有志が集まって結成された「城下町やまがた探検隊」は、城下町としての山形市の魅力を再発見する観光マップ「城下町やまがた探検地図」をweb上に公開した。同探検隊のメンバー約30人が一年かけて市内を歩き回って、歴史的建造物などの情報をまとめた。観光マップには史跡約250件が表示され、江戸時代の城下町と現在の状況とが対比されるような工夫も凝らされている。 |
| 2005/08/14(Sun)東京新聞 小倉城(福岡県北九州市):デパートが管理・運営で黒字 |
| 2003年9月に地方自治法の一部が改正されたことにより、城郭などの公の施設の管理・運営が民間でも出来るようになった(指定管理者制度)。これを受けて、北九州市の小倉城は昨年4月から百貨店の井筒屋が管理・運営を行っている。初年度の入場者数は目標に達しなかったが、50万円の黒字となった。井筒屋にとっては関連施設への入場者数増加などの相乗効果があり、自治体にとっては経費節減ともなっている。 全国城郭管理者協議会(会長・姫路城)に加盟する48城のうち、小倉城以外にすでに今治城も導入している。さらに、大阪城、会津若松城や岡山城など9城も導入を予定している。 |
| 2005/08/12(Fri)北國新聞 金沢城(石川県金沢市):本丸西側に初期の大規模な堀を確認 |
| 金沢城の発掘調査を続けている石川県教育委員会金沢城研究調査室は、本丸西側で築城初期のものとみられる空堀と石垣が見つかったと11日に発表した。空堀が確認されたのは、本丸西側の三十間長屋、鉄門付近。本丸西面石垣の下部の地中に、現存する石垣に沿う形で南北に延びていると考えられた。石垣の積み方から築造時期は文禄期(1592〜96)以前にさかのぼるとみられ、出土した皿などから元和期(1615〜24)に埋め立てられたものとみられる。発掘調査は2002年度から続けられており、本丸内部では三階櫓の櫓台石垣も見つかっている。今後、北側の調査を行い、本丸の範囲や天守の位置の特定を行う予定である。13日に、一般向けの現地説明会が開催される。 →県教育委員会による金沢城発掘調査については、金沢城研究調査室のホームページをご覧ください。 →同調査室では、金沢城の石垣をテーマにした「金沢城フォーラム」を11月20日(日)に行います。 |
| 2005/08/11(Thu)朝日新聞 春日山城(新潟県上越市):「謙信のろし」一斉に |
| 上越市で8月16〜17日に開かれる「謙信公祭」で、のろしが各地の山城跡より一斉に上げられることとなった。祭りが始まる16日朝9時に、春日山城をはじめとして中ノ俣城、猿毛城、直峰城など11ヵ所の山城からのろしが上げられる。また、隣の妙高市の鮫ケ尾城も参加し、頸城平野に一斉にのろしが上がることとなる。 →謙信公祭については、上越市のホームページをご覧ください。 →山城ののろしリレーは、琵琶湖一周のろし駅伝の方が先輩ですね。 |
| 2005/08/10(Wed)中日新聞 太郎ヶ崎城(岐阜県池田町):発掘調査で築城年代確定へ |
| 池田町本郷地区の太郎ヶ崎城の発掘が、同町教育委員会によって行われる。太郎ヶ崎城が位置する同町温知小学校の立て替え小路を行うことになったため、調査期間3ヶ月で発掘を行うこととなった。1995年に一度発掘調査が行われているが、築城年代を確定するものが出土しなかった。今回の発掘調査の目的は、この築城年代の確定。 →太郎ヶ崎城は、地元の豪族であった国枝氏が15世紀後半に築城したとされている。明治になって描かれた絵図により、南北108m×東西88mの長方形と推定されている。 |
| 2005/08/10(Wed)中日新聞 犬山城(愛知県犬山市):城下町の街並みを保存へ |
| 国宝犬山城の城下町である犬山市では、伝統の街並みを保存するために町家の改修が行われている。犬山市の助成制度を利用して、犬山城に向かう本町通りに面した渡辺、金森、市橋、広瀬と旧磯部邸の5軒。このうち旧磯部邸は市が購入しており、改修終了後は一般公開される予定。 →犬山市の取り組みについては、犬山市役所のホームページをご覧ください。 →犬山城については、犬山市観光協会公式ホームページをご覧ください。 |
| 2005/08/09(Tue)中日新聞 名古屋城(愛知県名古屋市):夜間公開始まる |
| 名古屋城では、8月8日から15日までの8日間ライトアップした天守を間近に楽しめるように夜間公開を行う。入場は20時までで、入場料は昼間と同じ500円。例年、名古屋城夏まつりの開催時に夜間公開していたが、今年は名古屋城博を開催したために夏まつりはなし。 →問い合わせは、名古屋城管理事務所へ。(TEL.052−231−1700) |
| 2005/08/09(Tue)中日新聞 堅田城(石川県金沢市):弥生時代の土器が初出土 |
| 金沢市森本地区の堅田城の発掘調査を行っていた金沢市埋蔵文化財センターは、7日に開催された「森本ふるさと文化財研究会」で弥生時代の土器片や古墳時代の須恵器などが初めて出土したと発表した。堅田城は木曽義仲が居城したという伝承が残るなど中世の城跡とみられていたが、同センターでは弥生時代以降何らかの防御的な拠点となっていたのではないかとしている。 |
| 2005/08/06(Sat)読売新聞 高知城(高知県高知市):江戸後期の水路遺構を確認 |
| 国指定史跡である高知城跡の南東隅に位置する丸ノ内緑地の試掘調査を行っていた高知県教育委員会は、江戸後期の水路遺構3ヵ所を確認したと発表した。丸ノ内緑地は、絵図などから江戸時代前期には侍屋敷が、また後期には厩や馬場があったとされた場所である。確認された水路遺構は幅0.6〜1.6m×深さ0.4〜0.8mで、本格的な石組みで造られている。大きな石の間に小石が組み込まれていて、多くの水を流す構造となっている。用途については、台風や豪雨に備えた排水対策と同県教育委員会はしている。 →高知県教育委員会のホームページに文化財関係の情報が載っているのですが、昨年から更新されていません。 →高知城については、高知城公式ホームページをご覧ください。 |
| 2005/08/05(Fri)中日新聞 蒲原城(静岡県蒲原町):絵図(縄張り図)を新たに発見 |
| 蒲原町教育委員会から委託された蒲原城跡総合調査検討会は、蒲原城の全容解明につながる絵図(縄張り図)が新たに見つかったと発表した。この絵図は民間の研究者が所有していたもので、江戸時代初期に描かれたものとみられる大きさ140cm×110cmのもの。これまで不明だった南側部分に曲輪が描かれており、また蒲原宿との位置関係なども明記されている。検討会では、10月に開催予定の同町文化財シンポジウムで報告する予定。 蒲原城は今川氏、北条氏、武田氏や徳川氏戦国大名が争奪戦を繰り広げたことで知られ、これまでの調査で本曲輪を中心に善福寺曲輪、二の曲輪、三の曲輪などのほかに大空堀が配置されていたことが確認されている。しかしながら、昭和40年代に、東名高速道路の建設により破壊された。 →蒲原城は、南北朝期に蒲原氏を称した遠江守護今川範国の三男氏兼の孫である氏頼が有した城である。築城年代は明確になっていないが、南北朝時代と考えられている。今川氏の衰退とともに、北条氏の駿河侵攻の重要拠点となる。その後武田氏が攻略し、山県昌景が守るが、天正10年に徳川氏に攻められ落城、廃城となっている。 |
| 2005/08/05(Fri)毎日新聞 鬼ノ城(岡山県総社市):ビジターセンター開館 |
| 古代山城遺構として知られる国指定史跡である総社市の鬼ノ城(きのじょう)に、「鬼城山ビジターセンター」が4日にオープンした。総社市では史跡公園として鬼ノ城の整備を進めているが、今回完成したのは鬼ノ城の発掘成果などを展示する施設で駐車場横に建設された。発掘成果の展示室のほか、周辺の動植物などの自然を紹介する「ウォーキングセンター」も同時に完成した。展示室では発掘成果を写真パネルで紹介するほかに、鬼城山全体の1/1000の模型や西門の1/20分の復元模型2種が展示されている。西門については現地で復元されているが、ほかにも復元案があったことを模型で示している。ビジターセンターは8:30〜17:15の開館で、月曜は休館。問い合わせはセンター(0866−99−8566)。 →鬼ノ城については、総社市のホームページをご覧ください。 →今年の5月に鬼ノ城を訪れましたが、このビジターセンターの建物は出来ていました。数年前に比べると鬼ノ城の整備は格段に進み、隔世の感があります。岡山空港からも近く、訪れる価値は十分にあります。 |
| 2005/08/05(Fri)群馬建設新聞 金山城(群馬県太田市):整備事業の基本計画を近く委託 |
| 太田市文化財課は、国指定の史跡である金山城跡整備事業に関して近く基本計画を委託する方針のようである。整備事業は、中世史・城郭史・考古学・建築史などの専門家による専門委員会および文化庁・県教育委員会の指導により、金山城廃城時の復元に主眼を置き、史跡金山城跡調査整備専門委員会で検討が進められている。 金山城では1992年から復元整備事業を始め、これまでに日ノ池から西方の物見台までの間の整備や物見台下堀切と西城との間の通路・園路整備を行ってきた。今後は、西城や本丸の復元、見附出丸の通路、曲輪・食い違い土塁などの復元を行っていく予定である。 →金山城の調査・整備については、太田市文化財課のホームページをご覧ください。 →7〜8年前に初めて金山城に行った頃に比べると、現在の金山城はまるで別な城のようです。復元もちょっとやり過ぎではないかとの感じもしないではありませんが、国指定史跡ですので根拠があっての復元でしょうが…。 |
| 2005/08/04(Thu)山陽新聞 津山城(岡山県津山市):裏下門対象に発掘調査着手 |
| 津山市は、1979年度から行っている津山城跡整備計画の一環として本年度の津山城跡発掘調査に着手した。北側の裏下門一帯を対象として、門跡の礎石、排水口の確認などを年末までに行う。 →津山城では今年の4月に、見事な備中櫓が復元された。さらに、備中櫓の西石垣上に土塀の復元が、来年春の完成を目指して行われている。熊本城同様、津山城には当分目が離せない。津山城の復元に関しては、以下のホームページも参考にしてください。 http://www.sphere.ad.jp/aps/top-j.html |
| 2005/08/03(Wed)北海道新聞 弘前城(青森県弘前市):本丸御殿を模型で復元 |
| 弘前市教育委員会が模型で復元を行っていた弘前城本丸御殿が完成し、弘前城史料館で展示が始まった。復元された御殿の模型は1/125の縮尺で、東西140cm×南北170cmの大きさ。残っている資料を基に、座敷の配置や畳の敷き方など細部も再現されている。弘前城天守内にある史料館の3階に、常設展示される。 |
| 2005/08/03(Wed)山陰中央新報 鳥取城(鳥取県鳥取市):天球丸で慶長年間の石垣発見 |
| 国史跡に指定されている鳥取市東町の鳥取城天球丸でこれまで知られていなかった慶長期とみられる石垣が見つかったと、鳥取城石垣修復工事検討委員会で同市教育委員会が発表した。 天球丸東側で石垣修復工事のために解体したところ、5面(高さ2〜12m×幅4〜21m)の石垣が見つかった。石垣の稜線に積んである角石に空けてある穴が不規則なことから、慶長年間(1596〜1615)かそれ以前の築造と判断された。市教育委員会では、今後石の積み方や裏込め石の状態などを発掘調査して石垣の築造時期を特定する。 →鳥取市教育委員会 |
| 2005/08/02(Tue)東奥日報 平良ケ崎城(岩手県南部町):初の発掘調査始まる |
| 南部町沖田面南古館の旧南部中学校跡地で、平良ケ崎城跡(町指定史跡)の発掘調査が行われている。平良ケ崎城は建久三(1192)年頃に南部氏によって糠部を統治するための拠点として築城されたとされ、聖寿寺館(昨年国史跡に指定)などとともに南部氏の三戸五ケ城(注)に挙げられている。発掘調査は7月に始まり、2007年度までの3年間の予定。7月30日に現地説明会が行われた。 →三戸五ケ城:南部氏本宗家の居館聖寿寺館を中心として、馬場館、平良ケ崎館、大向館と鎧神館をいいます。 →南部町は、その名のとおり盛岡南部藩発祥の地と言えます。頼朝による平泉の藤原氏追討の際に、甲斐国南部郷にいた南部氏初代の三郎光行が従軍し、戦功により奥州糠部郡を拝領します。光行は現在の南部町相内に到着し、平良ケ崎城などを築城する。その後、三戸町に三戸城を築城して移るまでの約370年間、南部氏は南部町を中心に領内を治めた。同町内には、国の重要文化財である南部利康霊屋などの南部氏ゆかりの文化財が残っています。 |
| 2005/08/02(Tue)陸奥新報 福島城(青森県五所川原市):発掘調査を開始 |
| 青森県教育委員会は、五所川原市相内にある福島城跡で、発掘調査開始式を行った。本年7月に国史跡の指定を受けた「十三湊遺跡」の関連遺跡発掘事業として2009年まで行うもので、安藤氏の居城ではないかとされた同城の成立、存続年代や性格などの解明を目指す。 福島城は十三湊遺跡の北東3kmの十三湖北側に位置し、200m四方の内郭と一辺1kmの三角形の外郭からなる二重構造が特徴である。近世の文献である「十三湊新城記」に安藤氏が新城を築いたとされ、その新城が福島城ではないかという見方がある。しかしながら、1955年の東大と1991〜2年の国立歴史民族博物館による発掘調査では、福島城の成立や性格などを確定できていない。 |